一期一会 みはるの部屋

正義はわれにあり

届きはしない手紙 あなたへ

雪の日は思い出す

彼女は過去を抱えて、過去とともに今を生きている人だった

 

垂直感染、C型肝炎 

気分障害 うつ病

 

木に縛られて、水をかけられる幼き日々 

あなたは悪い子と除霊をされた

裸で、外に放り出される日々

大人の手で触られる身体

嫌だと言えない

 

家と父は何度も変わった

誰かにつぎ込まれる資産

いつしかあなたと妹は叔母に預けられた

 

義務教育が終わると、叔母の家を出た

働きながら高校に通う 

職場の寮には定期的に、娘に金をねだりに母と学校を中退した妹があなたを訪ねてきた

お言葉が書かれた、それと引き換えに、あなたの稼いだお金は彼女らに渡される

「長女だから」という理由で

 

唯一の希望は物語にある

主人公はいつでも、どんな時でも、困難に立ち向かい

愛を謳い、世界平和を実現する

 

それは、あなたの理想

輝きに満ちた仲間に支えられ、恋人も出来る成功ストーリー

 

人格を否定された心は成長を阻む

あなたは、年齢に見合わない幼さを内面に抱えながら

どうしていいか分からない、この現実を生きて行くのに必死だった

愛を貰えないのに、断ち切ることが出来ない家族病

現実は暗くて、信じる心を踏みにじられた幼き日々の経験は 

眠れない夜を打開するための、多量の内服薬と物語が必要だった

 

抱えた闇を共有したかのように思えたその時

それは、雪崩のように、激流のように、私を巻き込んだ

 

何処に行くにしても、何をしていても、四六時中、という言葉があるぐらいに

あなたは私の生活に入ってきた そこに、境界はない

 

何かをするたびに、悲劇のヒロインになるあなたに当初は対応できた

だが、次第に いつまでも聴かされる悲劇のヒロインを心が否定した

「どうしていつも、自分の責任になる主人公なのだろう」と

気持ちを隠す事が出来ない 否定はしてはいけない もやもとした感情に支配される私

気持ちを察する事は出来て、黙ってしまうあなた

傷つけられることにおびえ、対人関係を結ぶ事が出来ない、あなた

外での世界を増やそうとしないあなたに

私だけと寄りかかる姿勢に「ずるさ」を感じた

 

溺れるものを引き上げる力を幼き私は持たなかった

雪崩は互いを巻き込み、幼き私は、その雪崩も自分が起こしたことのように感じた

 

やがて、その時期が来て、あなたと別れた

 

私は、私の中にある偽善に自我を蝕まれた

 

あなたを救おうと思っていた事

残酷な現実を生きているあなたの背景にある大人たちへの不満、私が知っている「両親像」を持たなかったあなたの両親に対する憎悪 私の正義感

 

あなたが求めていたものは「自分を受け入れてくれる、主人公にしてくれる味方」であって「両親」を倒そうとする人ではなかった

その過程より、もっと、もっと前にある「あなたがあなたでいるだけでいい」といった肯定感

 

私には理解できなかった

「そんなひどい仕打ちを受けているのに、まだ、その家族を抱えているのか」と

いつしか、誰のための怒りなのか、解らなくなった

私が信じている正義を重ね合わせただけの、あなたを救いたかったのではなく、私が信じた正義を壊されている事が許せなかったのだ

 

誰の為でもない ただの自己満足 裸の王様

あなたは、あなたの中の信じたい物語と現実で苦しんでいたのに

 

数年経った頃、電話が鳴った

たわいもない会話

現実はもがき苦しんでいる日々なのに、言葉にすると、その過程も

「夢に向かって歩いている自分」を演出できた

あなたは、困難を素直に言葉にした

 

また、数年後電話が鳴った

その頃ひどく、疲れていて、電話越しで聞くあなたの悩みをうっとおしく感じた

 

それから、数日後、電話が鳴った

とらなかった

着信を拒否とした

 

あれから十年以上過ぎた

 

肌寒い夜、雪の中で

 

思い出すのは、エヴァンゲリオンを一緒に見ていたあの部屋

大好きな声優の話をするきらきらした笑顔